« 戦後68年を振り返って 第17話 | トップページ | 戦後68年を振り返って 第19話 »

2015年3月12日 (木)

戦後68年を振り返って 第18話

戦後68年を振り返って 第18話
            
            多神教の国に生きて思う事
    

 日本の国教は神教であると云われている。それは天皇家の宗教が神教である事、皇室が古来、皇大神宮を崇め、大事な節目々々に神事をささげることがおおもととなって居る。
(ただし昭和20年の敗戦時にマッカーサー進駐軍からこの神道が侵略戦争の源と見られて神道は抑圧され官幣社の表札の抹消、国からの補助金の差し止めがされたが、これらはあまり効果はなかったと思われる)

 神社は日本全国各地にある、昔の官幣社は天照大神以来の多くの神々を祭神とし、以下歴代の天皇、皇后、菅原道真等の高位の人、楠正成等忠臣から近世の乃木将軍から、靖国神社には明治以来の外国との戦争で戦死した何十万人の将兵等誠に多くの祭神が祀られている、なかには神社の奥の大岩、山を祭神にした社もある。これを元来日本ではやおよろずの神と云って崇めている。それをアメリカ軍が否定しようとして、それは出来る事では無かった。

(靖国神社には岩里武則命が祀られている、この人は台湾出身その名を李登欽と云い、元台湾総統李登輝氏の兄である。昭和18年台湾は日本国台湾省であった、岩里氏は日本人として昭和18年10月に高雄の左営、台湾総督府海軍志願者訓練所に入所し翌年4月に左営海兵団に、そして7月に海軍機関兵として南方へ出撃し昭和20年2月15日ルソン島マニラで散華された。すなわち日本国民としてその国のために戦い戦死された、海軍上等兵であった。
 平成12年に退任された李登輝元総統が平成19年に東京を訪れた時、6月7日に念願の兄上との対面を62年ぶりに靖国神社で果たされた。
 この事実は靖国神社を考える上で大きな事柄と考えられる、当時日本国民として戦い
戦死した人は現在の台湾、朝鮮の人にかなり居られて合祀されていると思われる、。
 日本政府関係者が靖国神社を参拝するのをとやかく言う人々がこの話をきけばどう思うだろうか。)

 多神教に関して良く似た信仰の問題で仏教がある、1500年前に仏教がインド、中国から日本へ伝来して非常に多くの仏教徒が日本には居る。そしてその祭神も釈迦以下多くの仏様が居るのである。そして多くの仏様が云われることを日本古来の高僧と云われる人々が説明した物が各宗の教義になっているらしく,大分異なった説になっているようで、
この仏教も多分に多神教的な様相を呈している。

日本にはこの様に神道、仏教が広く行き渡りそしてこれらの宗教は他の宗教を排斥しないから、日本国は宗教の自由な国になって(鎖国時代は別として)、その後西洋から伝来のキリスト教、その他の宗教を信じる人もある程度は存在している。

 ところで日本人の宗教に対する態度と云うものを見ると、多くの人はアバウトな宗教観を持っているのではなかろうか、私個人を振り返って見ると非常に雑多な宗教観を持っている、いな宗教観を持っていないとまで言うような実態がある。
例をあげると、正月には近くの神社へ初詣に行く、結婚式は神前結婚をし、子供の七五三の時も神社でのりとを挙げて貰う、8月15日の慰霊祭は護国神社でやり。近親者の葬式は仏式で喝を唱えて貰う、12月25日にはクリスマスと云ってケーキを食べる。等など、それは習慣的にやっていることで、とても宗教的な信仰をしているとは言い難い。年中行事なのである。

これは宗教心の非常に少ない人間の例であって日本人の中にも宗教心の強い人もいるが、日本人平均的には私のようになるのではなかろうか。

 この様に考えてくると多くの神、仏が居てそれら神々が非常に温和に他を認め合っているから、すなわち厳しい宗教でないから日本国人は強い宗教をもたないで生活して行けるように思うのである。
東京に行って足が向けば靖国神社に御参りするかもしれない、そこに極東軍事裁判で有罪になった人が祀られていてもその他に何十万人の英霊が祀られて居る、中には李登欽氏のような人もいるのに差別する事は出来ない。

 さて言いたいことはこれからである、日本人全体が宗教心が希薄であるから,教義の厳しい宗教を信じる人のことを理解できないのではなかろうか、特に一神教の場合に極端な事が起こる事が理解できないのではなかろうか。ところが一神教は戦闘的、攻撃的になる素地を持っているのである。

 世界の歴史を見るとキリスト教も中世に十字軍を起こし欧州全域わ荒らし回った、イスラム教もフランス、スペインまで征服した歴史があった。

 そして現在中東地区で何かと問題が起きている、イスラム教徒の教義の争いから生まれる混乱である。イスラム教ではその中の派閥ともいえるシーア派とスンニ派との争いがあるとの事。
そう云う争いを何とか止めさせようとする善意の部外者を捕えて処刑したのがイスラム国と名乗る者たちの蛮行であった。

 一神教、代表的なのはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教等は教義をつきつめて行けば
他の宗教を信じるものを許さないという厳しさを持っている、この事をを日本人は肝をすえて考えておかなければならないのではなかろうか。

 参考文献 英霊にこたえる会編 靖国カレンダー
      文芸春秋 2015年3月号、一神教と多神教  塩野七生

   (戦後68年を振り返って 第18話 終わり  2015年3月10日 
                            久保田英三)

にほんブログ村 歴史ブログ 現代史 戦後(日本史)へ

にほんブログ村>

« 戦後68年を振り返って 第17話 | トップページ | 戦後68年を振り返って 第19話 »

戦後68年を振り返って」カテゴリの記事